私と母のこと

毒親育ちの私の生い立ち【後編】

前回更新した「毒親育ちの私の生い立ち【前編】」の後編です!

このサイトにある簡単なプロフィールページの内容から、さらに掘り下げました☆

今回は「毒親育ちの年表20歳からの社会人編」になります。

 

この内容は、YouTubeでもお話ししています!

 

文字で読みたい方はこのままスクロール、動画で知りたいはYouTubeを見てね♪

 

22歳、芸能人になりたくて上京する

高3のとき、将来の夢が2つありました。

それは「臨床心理士」か「芸能人」になりたい!というものです。

臨床心理士は大学卒業が必須だったため、家庭環境の都合でこの時点では諦めており、

「私は芸能人になるんだー!!」と無我夢中で邁進した結果、なんと本当に芸能人になれてしまいました(笑)

小さい頃から鉄道が好きだったことを生かして、「鉄道アイドル」を経て現在は「鉄旅タレント」をやっています。

 

テレビ・雑誌などのメディア出演から

【↑赤い制服が私】

 

イベントにもたくさん出演させていただいています♪

こっちは、小田急の鉄道イベントのとき。

鉄道を好きになったキッカケから、芸能人になるまでに受けた芸能界の闇暴露など、詳しくは著書「女子鉄ひとりたび」にまとめているので、気になる方はぜひ読んでもらえたら嬉しいです♪

夢を叶えて、3か月に1日くらいしか休みがないほどに忙しくしていたとき。

忘れもしない12月24日のクリスマスイブ!

腸閉塞で入院していた母の精神がおかしくなり、病院の3階から飛び降りたと連絡を受けました。

ちょうど地元の名古屋で仕事があり実家に帰っていたときだったので、父・弟・私で病院へ向かいました。

母はICU(集中治療室)に入れられ、主治医に「48時間以内に意識が戻らなければ助からないと思ってください」と告げられます。

それを聞いた父と弟は顔面蒼白でしたが、私の感情は「無」でした。

 

生きて欲しいとも思わないし、死んでほしいとも思わない。まさに、無。

そんな感情に直面して、ここから何年も自分で自分を責め続けます。

家族が死に直面しているのに、なんの感情もないなんて。私は精神異常なんだなあ。私は家族を持ってはいけない。一生独身でいよう。

と、ずーーーっと自責するんですが、いまならこれは間違いだったとハッキリ言えます。

この感情の正解は、

 

親が亡くなったとき、娘に悲しいと思ってもらえない生き方をした親側の責任!

 

そのため、毒親相談でも多い「親が亡くなったのに悲しいと思えません・・・」という質問には、それが正解ですとお答えしています。

 

親が亡くなったのに全然悲しくないあなたへ 毒親相談は不定期で募集しています!相談方法は「無料毒親相談のお申し込み方はこちら」へ。 相談内容:たんぽぽさん(50代...

 

ちなみに医者から「後遺症で自転車が乗れなくなります」と言われていましたが、いま母は自転車で名古屋の街を爆走しています。

しぶとすぎる、ウチの母!!笑

 



35歳:親と縁を切る

となるわけですよ。

だって私、神様じゃないし。

喜怒哀楽のある人間だし!

 

十数年ぶりの精神虐待を受けて鮮明に過去を思い出したとき、過換気症候群(過呼吸)になりました。

小学生のとき、毎日のようになっていた過呼吸です。

そうか。忘れてたけど、私はこんなに辛い思いをしていたんだ。

もうこれ以上我慢する必要ってあるのかな?

もう幸せになりたい。解放されたい。

親を捨てよう

と決めます。

私の場合は、直接言葉で伝えても言いたい事を全て言えないだろうし、そもそも私の話を母はキチンと聞いてくれないので、メールで伝えることにしました。

親の捨て方手順
  1. あらかじめ言いたい事を全て書いたメールを用意する。激長文でも気にしない。
  2. 父と母の連絡先を全てリストアップする。(携帯・家電・メール複数・Line)
  3. メールを送信した直後、全ての連絡先を超高速でブロックする。

35歳、私の戦いは終わりました。

仕事で移動中の東海道新幹線の中。

車窓の富士山がすごくすごくキレイでした。

と言われます。

毒親は「ごめんなさい」が言えない生き物です。

だから35年生きてきて、母が私に謝ったのはこれが初めてでした。

どれだけ殴っても、どれだけ人格否定をしても絶対に謝らなかった人が。

心理学をある程度学んでいた私はこの行動から

  • 母が自分自身と向き合って出した答えであるという証
  • 母が私と向き合おうと努力した証
  • 非を認められる人間に成長した証

だと受け取りました。

そこで、「これが最後のチャンスです。また再発したら、今度は本当に縁を切ります。」と伝えて今に至ります。

 

そのため今は良好な関係を築いていますが、また同じことを繰り返したら迷わず縁を切るため、もしかすると数年後に「ごめんね!親と縁切りました~☆」ということになるかもしれません。

そこは私にもわかりませんが、もしそうなったときはまた報告します!

 


36歳:アメブロを始める

鉄道タレントとして芸能界でやりたいことが全て叶い、次の目標を探していたときです。

ふと、もう一つの夢だった「臨床心理士」を思い出します。

そこで心理の知識と毒親との戦い経験を生かして、アメブロを始めました。

 

無料相談を募集してブログ上で答えて行くという内容で、最初は「全てに答えられる自信はないので、答えられるもののみお答えします」と言っていたんですが、

あれ??全部答えられる!いつの間にこんなに知識がついていたの!?

と自覚します。

そこで、もっと深い話にもお答えする有料相談も始めたところ、お仕事として成立することがわかり、1年半後にはこちら一本で生活できるほどになりました。

さらに本格的に始めるため、タレント業は2021年5月をもって辞めることを決めます。

 

38歳:YouTubeスタート

そして今年1月、YouTubeを始めます。

いまはネット環境さえあれば、誰でも起業できる時代。

学歴がなくても、資格がなくても、実力重視の社会に変わってきたと思うからです。

ここからどうなって行くのかわかりませんが、引き続きみなさんのお悩みを少しでも解決できるよう、試行錯誤を続けて行きたいと思います!

 

ABOUT ME
木村裕子
虐待で育った私が世の毒親問題をめった斬る!30歳まで母の教え「お前は幸せになってはいけない」を守り続けたおバカ。19歳で家出、34歳で親と縁を切るなどを経て現在良好な親子関係に。その経験を生かしてブログ更新中♪ →詳しい生い立ちサイト説明お仕事のご依頼・お問合せ